真心を込めて介護している相手から、「(あなたに)物を盗られた」「泥棒がいる」なんて疑われるとキツいですよね…。認知症の3~4割で見られる物取られ妄想に悩む家族さんや介護職員は多いと思います。この記事では、物取られ妄想の原因から症状、上手なかわし方について現役の介護士がご紹介していきます。
実際にこの症状が出ると、かなり心が折れそうになると思いますが、私はお年寄りの『甘え』と考えるようにしています。認知症と物取られ妄想を正しく理解することで、少しでも介護者の気持ちが楽になることを願っています。
(この記事を読んでおられるあなたは、きっと介護に悩みを持たれている忙しい方だと思うので、難しい専門用語の使用は最小限にします)
物取られ妄想とは|原因と治療方法
もしあなたの机から大切な貯金通帳が急に消えていたとしたら、どうしますか?
いつもあったはずなのに、こつ然と無くなっています。
1 誰にも言わずにあきらめる
2 誰かが盗んだと思う
3 警察(銀行)に届ける
大抵の方は2か3を選ぶのではないでしょうか。
物取られ妄想の症状が出ている高齢者も同じです。
頭の中では「確かにここにあったのに」突然、貴重品が無くなっている状態。
そしてその疑いの目は、お世話をしている家族や訪問介護職員に向けられることになります。
■■■目次■■■
物取られ妄想の原因は認知症
認知症というと、物忘れや徘徊をイメージする方が多いと思いますが物取られ妄想もれっきとした認知症(特に初期)の症状です。
病気なので、相手をどんなに説得しても理解させることは難しいです。
例えば、風邪で高熱を出して真っ赤な顔をしてウンウン唸っているような人なら、こちらも一目でわかります。熱を測れば一発ですしね。
でも、認知症は見た目には分かりません。ぱっと見では普通のお年寄りにしか見えないのに、いろいろ困った行動が出てくるので周囲は戸惑ってしまうわけです。
まずは認知症を正しく理解するために、ごくごく簡単にご説明します。
※現段階ですでに介護に疲れていたり、時間のない方は遠慮なく目次から飛ばして、先の物取られ妄想とのかかわり方から読んで下さい。
物取られ妄想の意味よりも、まずはその症状と、疲れずに、どう上手に付き合っていくかが一番大事なので…。
それから、医師の正確な診断を受けるためにも症状は具体的にメモしておくことをお勧めします。
中核症状と行動・心理症状(周辺症状)
以前は痴ほうとかボケと言われていましたが、現在は認知症と呼ばれています。
認知症には、誰にでも共通して現れる中核症状と、BPSDと呼ばれる行動・心理症状があります。
(でも、こんなことは覚えなくても大丈夫です)
中核症状とは|認知症の方に共通して出る症状のこと
認知症のお年寄りに誰にでも見られる症状のこと。
一例として
物忘れー記憶障害のことで、新しい知り合いの名前を覚えられない、食事をしたことを忘れるなどがあります。かなり前に退職したのに、それを忘れて仕事に行こうとするという方も。
うまく行動できないー作れたはずの料理ができなくなる、失敗する。
他にも、思っていることをうまく言葉に出せない。家族の会話にいつも置いていかれる。怒り出す。靴下が履けない。季節が分からなくなる。トイレしたいのに、どこに行けばよいかわからなくて失禁する。昔話など同じ話を繰り返す。などなど、いろいろなタイプで現れます。
とりあえず、『この症状が出たら認知症かな?』と、誰でも思うようなことが中核症状と考えればOKです。
行動・心理症状とは|人によって違う現れ方をする症状のこと
昔は認知症患者に共通して見られる中核症状に対して、周辺症状とも呼ばれていました。
つまり、人によって違います。
症状も頻度も重さも、十人十色なんです。
例えば、
怒りっぽくなって当たり散らす。
イライラする。
噛みつく、たたく、物を投げる。
羞恥心が無くなって下ネタを言いまくったり抱きついたりする。
徘徊する。
幻覚を見る。
妄想。
認知症は脳が委縮して小さくなって起きると言われています。特に前頭葉で感情をコントロールしていますが、そこがうまく機能しなくなるので発症前とは別人のようになってしまう事もあります。
本人が自覚していることもあれば、分かっていないこともありますが、厄介なのは自覚無しのパターン。
スーパーのレジで店員さんに絡んで大声を出したり、いわゆるキレる高齢者に変身して警察沙汰になり家族が謝りに行くなんてことも。普通なら、他のお客さんの手前もあってガマンするんですが、病気なので遠慮なく怒り散らします。
その、行動・心理症状の一つに妄想があるわけなんですが…。
お年寄りの妄想はアイドルとデートするような楽しい空想ではなかった
あなたもきっと思春期の頃、好きな人の妄想をしたはず。
同じクラスのあの男子
隣の席のあの子
野球部のあの先輩
もしくはピンクレディーや松田聖子や山口百恵、今なら欅坂や乃木坂、AKB…。
じつは密かに自分に好意を持っていてくれて、一緒に遊園地に行ったり食事する
ありもしないであろう事は分かってるものの(ココ大事!)、考えただけで胸がドキドキしたんじゃないでしょうか。
そういう淡いピンクな妄想なら楽しいんですが、認知症の高齢者の妄想はそんなものじゃあないんです。
なぜか、みんなネガティブな妄想に走るんですね。
被害妄想
妄想を簡単に言うと、つじつまが合ってなくて説明できないんだけど本人は強く信じ込んでいる事です。
例えば、
みんなが自分の悪口を言っている。
近所の人たちから嫌われている。
いつも監視されている。
自分はもう長くない。
などなど…。
なんで悪口を言われてると思うのか、どうして嫌われてるのか、監視されてる証拠は?
その考えを証明しようにも根拠が全くないにもかかわらず、なぜか信じきってしまうんです。
とはいっても、若いころの私たちの妄想だって、「憧れのあの人」が自分を好きになってくれる根拠なんてなかった場合がほとんどなので、似ているといえば似てるんですよね。
人間の思考パターンの何たるや…。
で、ここからが本題です。
物取られ妄想との付き合い方
認知症の現れ方の一つに妄想があり、ちゃんとした根拠もないのに思い込むことが妄想ということはご理解いただけたかと思います。
物取られ妄想も同じで、無根拠です。
なので、「なぜそう思うの?」「どうして盗られたと思うの?」と聞いても本人は答えられません。
『盗られた、盗まれた』の一点張りです。
この物取られ妄想は認知症患者の30~40%で出るともいわれているので、確率は高め。
もしあなたがご家族の物取られ妄想によって悩まされているとすれば、かなりの心身への負担となっていることと思います。
前述しましたが、原因は脳の萎縮による認知症なので、病気です。
(もちろん、医師の診断を前提としますが)
また、薬の処方や生活を工夫する(引きこもらずに外を散歩するとか、友人と会話する等)ことで症状を遅らせることはできても、完全に治す事は現段階では不可能です。
小さくなった脳を元に戻すことはできません。
本人は自覚がない事がほとんどなので、家族など周囲が上手に付き合っていくことが肝心です。
物取られ妄想って否定してもいい?
認知症って、一番つらいのは誰なんでしょうか。
本人は自覚がなくてあっけらかんとしているので、一生懸命お世話してるのに泥棒扱いされて八つ当たりされる周囲の人間が一番の被害者のような気もするし。
でも私は、病気である以上は好んで認知症になったわけではないご本人が一番の被害者なんじゃないだろうか…。と考えるようにしています。
また、物取られ妄想のターゲットになるのは、家族や毎日顔を合わせるヘルパーなど、たいてい最もお世話している人です。
ということは、もしあなたが認知症のお年寄り方物取られ妄想の目で見られているとすれば、逆を言うとあなたが一番その方に尽くし、信頼されているんじゃないかと。
物取られ妄想を言い始める高齢者の頭の中とは
これは自論ですが、認知症になると、人間の本能の根本的な部分に執着するようになり、不安や恐れが逆になって現れます。
例えば、食事をしたばかりなのに「まだ食べていない」と言うのは、忘れてしまったことに加えて、『食べる』という人間が生きるために最も重要な本能が残っているからで、『生きたい』という願いの現れです。生きることを諦めたお年寄りはそんなことは言いません。目の前に配食しても箸をつけませんから。
また、「家族から見捨てられた」とか「周りの人間がみんな自分を嫌っている」と言い始めるのは、人が社会生活で重視している『家族に大切にされたい』とか『集団社会に受け入れられて、仲良く暮らしていきたい』という本能が残っていて、そうならない事への恐怖があるから。
それで、誰かに「お金が盗られた・貯金通帳が盗まれた」といったような物取られ妄想も、『大切にされたいあの人に裏切られたくない』という気持ちへの恐れが逆になって現れるんだと思います。
なので、疑いの目で見られ、ひどいことを言われても、それは介護している自分に『裏切られたくない・見捨てられたくない』という気持ちが逆になって出ていると思って、あまり気にしないようにして下さい。それでも我慢できない時は、インフルエンザの40℃の高熱を出してうなされている人の寝言だと思ってください。
物取られ妄想って否定してもいいの?
いろんな専門書やサイトを読むと"物取られ妄想を否定してはいけない"と書いてあることが多いですが、私はけっこう否定します。『違うよ』って。
というのは、いくら相手が認知症という病気であっても、自分が盗ってもいない物の犯人扱いされるのは嫌だからです。
こういうところで我慢し続けると、ストレスが溜まって心が疲れていき介護が嫌になります。
介護者だって人間ですから、我慢したくないことはなるべく我慢しないようにしたいもの…。
とはいえ、さすがに全否定すると本人は「自分の気持ちを分かってもらえなかった」「嘘つき扱いされた、ますます怪しい」という思考パターンになります。
なので、100%否定するのではなく、「あなたに」とか「○○さんに」盗られたという妄想を、架空の人物である「△△さんに盗られた」などにすり替えてしまうんです。
まず、自分が疑われているのなら、どうしてそう思うのか聞きます。もちろん妄想は根拠がないので答えられません。そこでポケットの中を見せるなどして盗難品がないことを一緒に確認します。
それでも絶対に納得はしないので『最近、業者の人が来ていたけど…。』とか『昨日、出かける前に鍵をかけ忘れたかなぁ~』と反応を見ながら対象を変えるように誘導していきます。
コツは、こちらから『あの人が怪しい』と言わずに本人が『そうかもしれない』と思えるように促していくことです。
人間って他人から押し付けられた考えではなく、自分でそう思うようになってはじめて納得しますからね。認知症になってもこういう直感的な部分はかなり残っています。
とはいえ、老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅などでは1人の介護職員が利用者さんについていられる時間はわずかです。
一喝したり、無視し続ける介護士もいますが、否定するところはやんわりと否定しながらも、できる限り真心を込めてご本人の気持ちを聞いてあげたいものですよね。
もしも施設に入居を考えている場合には、必要以上に人件費を削ってたり心の荒れた介護福祉士がいるような悪徳老人ホームには気を付けてください。
ちなみに、特別養護老人ホームと有料老人ホームの違いやサービス付き高齢者向け住宅選びについてはコチラの記事をご覧ください。
今回は、物取られ妄想について、原因や対応策についてお話しました。
完璧な対処法は…
記事の中でも書きましたが、物取られ妄想は認知症の行動・心理症状(周辺症状)の一つです。
行動・心理症状とは、人によって出かたが異なる症状であって、治まり方も人それぞれなので対処法に『正解』はありません。
もしも物取られ妄想の完璧な解決法があれば、それが世界中の老人ホームで採用されているはずです。
ですので、時間をかけていろいろ試しながら、あなたが介護されている方に合わせた解決法を探していくことが肝心です。
介護者のメンタルにダメージが来やすい物取られ妄想。
くれぐれも疲れてしまわないよう、上手に対応されることを願います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
ご質問やご意見もお待ちしています。
何でもお寄せください。
またお会いしましょう!
ポリフェノール
※この記事の内容は、あくまでも現場で働く介護士の個人的な見解です。様々な考え方があると思いますので、介護法については慎重にご自身の責任を選択されて下さい。